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2014/12/18

水野しず〜挑戦するジャンルに縛られない〜【lampインタビュー】

魔法のランプがなくても、神様にお願いしなくても、願いは自分で叶えられる!
このコーナーでは、様々なジャンルで活躍する方たちに自身の“夢を叶える方法”についてお伺いします。


今回お話を聞くのは、ミスiD2015グランプリを受賞した総合型エンターテイメント施設の水野しずさん。

一言では言い表せないような独特の雰囲気をもつ彼女ですが、漫画を描いたり、新宿ゴールデン街で働いていたり、アイドル活動もしていたりと、常に新しいことに挑戦し続けています。

ジャンルレスな活躍が注目されている水野さんですが、彼女にとっての“夢”や仕事に対する思いなどを伺いました。


−−水野さんといえばジャンルレスに活躍しているイメージなのですが、そもそも人前に出る仕事に興味をもったのはいつ頃ですか?

最初は大学生のとき、演劇のサークルに所属していてお芝居をやってたんですね。それで人前に出たんですけど……。それまでは私、表現をする媒体としては絵が多かったんですよ。自分の感覚や思考を言語で説明しても分かってもらえないから、ひたすら絵を描いて自分の気持ちを吐露する。といった表現をずっとしていたんです。ただ、絵と演劇って極めて遠いんですよね。今までの自分が試みたことの無い表現とかやり方が演劇にはある。実際にやってみて、自分が直接人前に出ることの強さとか伝達力の違いみたいなものを強く感じて。
絵を描くことは好きだし、そういったことでしか表現出来ない感覚や心情がある。視覚的に入ってくるものってとても強いので、それまではなにも思わなかったし、絵で表現しようと思ってたんですけど、それらは間接的な表現なのでどうしても追体験になってしまうんですよ。誤解されたりとか変な風に取られちゃったりすることもある。一方直接出て行くと話が早い、と演劇を通して実感して、それからは身体性を持った表現を意識するようになりました。



−−自分の思いを“絵”で表現するようになったのはいつ頃からですか?

そうですね……人に見せるようなことは全然なかったんですけど、水面下ではずっと描いていました。
高校の時に、なんかとりあえず東京に出ようっていうことだけは決めていて。美大を受験するっていうのは、結構ギリギリまで決めてなくて、高3の時にもう行こう、と思って行きました。で、美大に受からなかったら服部調理学校に行こうとかなんとか思ってましたね。

−−調理学校ですか。料理が好きだったんですか?

なんか、やれそうな気がしたんですよ。うん、なんかやれそうな気がした。なんかやれる気がしたからやろうと思っただけで、私が高校生の時はSNSはやらなかったし携帯電話も持っていなかったくらいだったので、まだ自分の可能性とかは全然分かんなくて、ほんとに絵のことも他のこともなんにも、なんにも分かんない状態でなんか確信だけだったんです。だから直感で判断するしかなくて、それで東京出てきました。改めて思いますけど、結局なにやるにしても直感しかないですもんね。

−−何かを決断するときに大切なのは自分の“直感”だと?

そうですね。他に無いんじゃないですか。誰になんと言われても答えなんて分かんないですからね、結局。
最近、モノ作りにおいて自分の心がすごい傷つくことがあったんですけど。でも、やっぱり人に相談したりとか自分のやり方について話してみても、手助けにはなるけど自分の心を救うのって私の場合はアートとか、作品を作る事自体だな、ってその時にやっぱり思ったんです。言葉にすると恥ずかしいんですけど、でも本当にそう思ったんで………

ミスiDに応募したきっかけ


−−ミスiD、なぜ応募しようと思ったのでしょうか?

そうですね……自分の見せ方とかジャンルでくくられることで、抜け落ちちゃう物とか、無くなっちゃうものとか、カットされちゃうものとかがすごく多いなって思ったんですよ。例えば、私を“鳥居みゆき”に例える人とかいるんですけど、お笑いで私をくくったら抜け落ちるものがめちゃくちゃあるし、美術とかアートってくくったらそれもそれで抜け落ちるものがいっぱいあるし、サブカルっていう言葉でくくれる私などほとんど皆無に等しくて、ラベリングするとしたら「水野しず」しかない。それを見てもらえる方法が“アイドル”っていうフォーマットにたまたま近かったんです。“アイドル”って可愛らしいけど、現時点においては多様性を担保する為に先鋭的でありつつポップな側面を持つので。そういうフォーマットとして選んだ、っていう感じですね。

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−−“アイドル”という形が一番自分のやりたいことに近かったということですか。

やりたいことに近い、っていうとまた違うんですよ。昔のジャンプって、“友情・努力・勝利”っていう三原則があったじゃないですか。あれって、昔の80年代とか90年代初期のフォーマットであって、今の世の中に置き換えると“才能・戦略・勝利”だと思うんですよ。才能は自分が元々持っているもので、戦略は自分をどういうフォーマットで活かすか、私に取ってそれがアイドルっていうフォーマットだったんだと思います。
私は勝ち目のないことはしたくない、っていうのを強く思っていて。例えば写真って、勝つのが難しいと思うんですよ。なんでかっていうと、誰にでも撮れるから自分の色を出すのが難しかったりとか、まず見てもらうことが困難だったりとか、自分ならではの特色とかコンセプトを綿密に作り込まなければいけない。そこに多大な労力やクオリティが必要だったりして、誰もが出来ることじゃない。私は自分の持っているものでは写真の世界で勝っていけないということが判断できる。だから選ばない。自分が戦っていけるフォーマット、やり方、手段を常に選びたいと思う。

ドローイング帳と、いつも使っているお気に入りの0,7mmの油性ボールペンは、どこでなんの用事があっても必ず持っていく


−−なにかでつまづいてしまった時、どうやって自分を立ち上がらせていますか?

起こった出来事によると思うんですが、すごい苦しいけど自分と向き合うことが大切だと思います。小さい頃から父親に「孤独と向き合え」って言われながら育って、自分自身や孤独と向き合って生きて来たので、納得がいかなかったり、おかしいところがあった時は1人になって自分の心と対峙します。自分の心と向き合っても分からない時とか、色んな感情が湧いてきてしまって整理出来ない時は、作品を作るんですよ。そうすると自分の心を対象化出来るから、ちょっと客観的に見れたりとか、どうして自分がこう思ったんだろうとか、自分のこの思いはなんの為にあるんだろうとか、考えやすくなるので。自分の心と一回向き合ってみて、それでも分からなかったら作品に落とし込む、って感じですね。それがまあ、一番マシかなっていう感じです。

−−その時々で言葉だったり絵だったりと、表現の仕方が違うということですね

そうですね、もう作品未満のものはいっぱいあるんですが……。私どうしても手放せないものって、ドローイング帳と、いつも使っているお気に入りの0,7mmの油性ボールペンで、それだけは、どこでなんの用事があっても必ず持っていくんです。自分の想いとか気持ちの断片を書き留めて残す為にいつも持ち歩いて、思ったことがあると書いたりとか、その瞬間の気持ちを言葉にしています。

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とにかく昔から誤解されることが多かったので、心に浮かんだことはとにかく、外に出して具現化し、「これはどういう意味なんだろう」って一旦考えるんです。言葉で伝えてみて、それでも伝わらなかったら、一回諦めて、また考えて、作品を作ったり……。作品でも伝わらなかったりとかもするんですけど、そういう時は自分の体で表現する。それでも伝わらない時もあるので、それはそれで伝わらない気持ちとしてあるんだと捉えて、別のことをしたりしますね。

夢ってすごい必要だと思うんです


−−水野さんにとっての夢とは?

私にとって「夢」って、もう間近に捉えるくらいまでのイメージができないと夢って言いたくなくて。ぼんやりしたまま甘い期待だけを寄せる言葉としての『夢』はすごい嫌で、だからこそやり方とか絶対勝てる方法とか、このやり方だったら自分はできるんじゃないかとかはすごい考えたりしますね。
ぼんやりしたものを好ましくないと考える一方、夢ってすごい必要だと思うんですよ。もっと具体的な言い方をすると自分なりの生きる意図。私みたいな若者は今、こぼれ落ちるように社会から当たり前に搾取をされていて……。作品を作っていてもそうだし、普通に働いていてもそうだし、だからこそ、夢ってものすごい必要な感じがするんです。私は「夢を追いかける」という言葉自体に不安な印象を持っています。夢って、瞬間的にあまりにも儚く消え去るものだから。だからこそ強くそれこそ首根っこ捕まえるくらいの気持ちで握りしめていなきゃだめだなって思っています。「追いかける」では距離がありすぎるので無理にでも手中に収めてもがき喘ぎ生きることが肝心かと思います。目をそらしたりすることがすごい怖いことで、逃げてもいけないし、夢を持ってないことも怖いなって感じています。

−−そう思うようになったきっかけはなんだったのでしょうか?

大きいきっかけとしては、大学を中退したときですね。私は大学に長く通った後に辞めたので、その間の学費がたくさんかかってるんですよ、何百万円とか。それで辞めたので、何百万円で自分の人生買ったなっていう感じがしてるんです。なので、そこから自分の責任について考えたりするようになりましたね。お金を払ってくれた両親の苦しみを、自分が責任を負って生きていかなければと思いましたし、そうじゃないとあとは死ぬしか無いと思いましたね。だから本当に辞めて良かったです。それがなかったら本当、危うかったですね、今まで(自分を捨てなければ)生き残れなかったかもしれないです。



−−最後に、これから一歩踏み出したい方へアドバイスを頂けますか

不本意なことはいますぐ辞めてください、それが本当に不本意なことだと思うなら。本当にやりたいことがあるんであれば、それを目指した方が良いと思います。

[ライター/木村衣里 カメラ/長橋諒]

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